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元暴走族から新聞記者へ【吉永拓哉】って?激レアさんを連れてきた。

吉永拓哉 TVネタ

激レアさんを連れてきた。TV朝日2019年1月14日(月)23時20分~24時20分に、元暴走族から新聞記者になった『吉永拓哉』さんが紹介されます。この人ってどんな方なのか調べてみました。

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元暴走族から新聞記者へ【吉永 拓哉】って?

なんだか、すごい経歴の方のようです。


【名前】吉永 拓哉(よしなが たくや)
【生年月日】1977年9月22日
【愛称】ブラジル番長
【出身】博多
【家族】次兄/よしなが こうたく・末妹/YURI・父/コーヒー会社経営・母/料亭の娘
【経歴】(引用:Takuya Yoshinaga)

  • 1991年・中学校2年生で学校側から登校拒否される(原因は校内でのシンナー吸引)
  • 1993年・15歳で背中に龍の刺青を彫る
  • 1995年・福岡市内の指定暴走族グループ副総長を務める
  • 1996年・定時制高校2年生で中退(原因は校内でのマリファナ吸引)
  • 1997年・逮捕され、少年院送致される
    罪状・覚せい剤取締法違反、共同危険行為(暴走行為)、暴力事件
  • 少年院で20歳を迎える(仮退院後、社会復帰する)
    新天地を目指してラテンアメリカ大陸へと渡る
  • 1998年・エクアドルのバナナ農園で働く(外国人から拉致される、間一髪で脱出する)
  • 1998年・ペルーの民芸品店で働く(アンデス山脈を旅する)
  • 1998年・ボリビアのコチャバンバ市にて不法入国容疑で連行(誤解が解けて釈放)
  • 1999年・ブラジル東北部でラブホテルの従業員となる(ブラジルが好きになる)
  • 2000年・日本に凱旋帰国(日本と南米の架け橋役になることを決意する)
    地元博多で不良少年改心の会フロンティアクラブ」を設立
    南米の物産販売会社を設立 「エクアドルの日本人」を自費出版
  • 2001年・ブラジルの永住権を求めて、再びブラジルに戻る
    アマゾンの奥地に住み、日本人移住者から世話になる
    ブラジル南部のカウボーイの町に移る
  • 2002年・一時帰国
    福岡を訪問したフジモリ元大統領のSPを務める
  • 2003年・ブラジルのギャング団に命を狙われる(間一髪で日本に逃げ帰る)
    商談のためペルー、チリ、アルゼンチンを渡り歩く(これを機に再びブラジル永住を志す)
  • 2004年・ブラジルの永住権を取得(直後にブラジルへ戻る)
    ブラジルの日刊邦字紙「サンパウロ新聞社」に入社
    (社会部記者として巧みな語学力を生かす)
    ブラジルのテレビCMに採用される(フィリップス省エネ電球の宣伝で僧侶役)
  • 2006年・日本へ帰国。サンパウロ新聞社福岡支局を設立
    NPOチャレンジ・ブラジル福岡支部を開設
    元ヤン・イラストレーター、コラムニストとしてデビュー
  • 2007年・新聞連載のためブラジルへ出張、アマゾンの奥地をバイクで行く
    強盗団による銃撃戦に巻き込まれる(神のご加護でまたまた命拾いする)
    ラストレーター3兄弟の血族事務所「スタジオ・エドマッチョ」を設立
    『シティ情報ふくおか』にて、コラム「ぶらじる番長モノ申ス!」の連載開始
  • 2008年・『ぶっちぎり少年院白書』(二見書房)を全国出版。作家デビューする
    ブラジル日本移民100周年の取材でブラジルへ出張中

そして、動画Youtubeでも紹介されています。とても分かりやすいですよ♪

葉巻がお好きなようです。


昔は、かなりやんちゃどころではない少年でしたが、今では立派な方ですね。不良少年を更生したり、ブラジルと日本の架け橋になっていますね。素晴らしい!!顔は怖いけど、心は優しい『ブラジル番長』さんですよね。

 

【ブラジル番長】の仕事ぶりはこんな感じ。

元暴走族から新聞記者へ【吉永 拓哉】の出版本

【少年院で、大志を抱け】

元暴走族から新聞記者へ【吉永 拓哉】弟【よしなが こうたく】出版本

あれ、どこかで見た事あるような・・・【給食番長】の主人公「番長」はお兄さんがモデルだったんですね!!独特なタッチ、ものすごく印象に残る本です。

ふくのやって聞いた事ないけど・・・『ふくや』の姉妹ブランドなんですね!!

ふくやの明太子はこちら♪まだ『ふくのや こども明太子』は残念ながら、楽天等では販売されていないようです。

 まとめ

強面でしたが、心は素晴らしい!そして、独特なタッチの弟さんの絵本もいいですよね。

人は見かけによらない!!いや、人は変われるという事ですよね。人生まだまだ!!
さっ、サンチカも頑張りましょ♪

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